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東京高等裁判所 昭和31年(け)26号 決定

申立人 弁護人 松目明正

被告人 洪景河

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の趣意は、弁護人松目明正作成の異議申立書記載の通りであるから、これをここに引用し、これに対し次の通り判断する。

そこで、本件異議申立事件記録及び本案の申立人外一名に対する窃盗被告事件(東京高等裁判所昭和三十一年(う)第二、三〇二号)記録を調査すると、申立人及び本件弁護人は共に昭和三十一年九月八日に原審より同年十月十九日迄に控訴趣意書を差出すべき旨の通知を受けて居つたところ、右弁護人は同年十月十七日原審に対し控訴趣意書と題する書面を差出しているが、これは「控訴の趣意」として「追つて補充書を提出いたします。」と記載するのみで、何等具体的理由を記載していないものであつたのみならず、指定の控訴趣意書差出期間内にはこれを補充すべき何等の書面も差出されていないことが認められる。ところで、控訴の申立人に控訴趣意書を差出させる所以は、当事者主義的立場から訴訟の当事者をして審理の中心となるべき争点を明らかにさせ、控訴審の義務的調査の範囲を明確にして置こうというところにあるので、その差出し得る控訴趣意書は指定の差出期間内であれば必ずしも一通に限らないが、その期間内に差出された書面の記載自体によつて刑事訴訟法が控訴の理由として認める事由のいずれを主張するかが明確であることが要請されているのである。刑事訴訟規則第二百四十条が、控訴趣意書には控訴の理由を簡潔に明示しなければならない、と規定しているのは、この趣旨を明らかにしたものと云わなければならない。果して然らば、叙上の趣旨に違背しその書面自体に何等控訴の理由を明示せず、且つ指定期間内にその不備を補足すべき補充書が差出されなかつた本件控訴趣意書は、前掲刑事訴訟規則に違反した不適法なものである。尤も、記録によれば、弁護人は指定の差出最終日後七日目の同年十月二十六日に至り原審に対し控訴趣意補充書なる書面を差出し、これに事実の誤認及び量刑不当の主張が記載されていることは、所論の通りであるが、これは指定期間内に一応適法に差出された控訴趣意書の記載内容を敷衍し、又は補充する目的を以て期間経過後に差出されたいわゆる控訴趣意補充書と全く類を異にし、これあるがために本件控訴趣意書の内容が追完され、延いてその方式違反の瑕疵が補正されるものとは到底考えられない。しかのみならず、所論の如く右補充書自体を刑事訴訟規則第二百三十八条の趣旨に準じ、差出の遅延がやむを得ない事情に基くものと認め、これを期間内に差出されたものとして審判すべき場合に該当するものと認められないから、刑事訴訟規則所定の方式に違反したことを理由として申立人の控訴を棄却した原審の決定は相当であり、本件異議の申立は理由がないから、刑事訴訟法第四百二十八条第三項第四百二十六条第一項に則り棄却することとし、主文の通り決定する。

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

弁護人松目明正の異議申立の理由

一、本被告人に係る控訴趣意書には、その差出期間の最終日以前に被害者と示談をなしたる上示談の顛末を記載し且つ示談書を新たなる証拠として添附差出す予定でありました処、右最終日に近接するもなお示談の成立をみられなかつたため止むを得ず通常の控訴趣意書として差出さんといたしましたが、右最終日に二、三日を残す頃となり折悪しく当弁護人が風邪に罹り体温熱く悪寒の激しいものがありましたため差出最終期日の延長をお願する考えで居りました。然るに偶々提出したような形式の趣意書を便宜差出して置き後日これが補充書を提出することが慣行的に許されている旨他からきき及びましたので、直ちに御部窓口に参り同様の御取扱いの可否を尋ねました処差支えなき旨の回答をいただきましたが、なお、当弁護人は従来正規の方式の控訴趣意書のみを差出して居り慣行的簡略な方式による控訴趣意書を差出したことの経験を有しない者でありますから万一差出期間の最終日にその書面を提出した場合不適格なものとして受理を拒絶されるようなことがあれば、これを補正する暇がなくなることを慮り最終日の二日前である本年十月十七日に御部に持参差出したもので、しかも、この際当弁護人は更に御部担当者に書面の形式を示して「これでよろしいでしようか、間違ないでしようか、補充書は何時までに差出したらよいでしようか」と聞き合せた処「これで差支えない、補充書はできるだけ早くおそくも七日間以内に差出すように」との指示をいただいた次第でありますので棄却決定通知のあるまでは疑いもなく一応適法方式のものと考えていたのであります。

二、従来私共が御庁に各種の書面を提出する場合係員は一応形式上のことは調査下され間違あれば、その場で補正を命ずるのでありましたが、本件の場合は特に当弁護人においても、前記のように念を押してから差出したものでありますから、その際受理を拒絶されるか、差出最終日まで、又はこの棄却決定をなされる以前に当弁護人をお呼び出しの上、弁護人をして「事実誤認」等の数字を加字補正せしめられることが被告人の基本的人権の保障を目的とする刑訴法の目的に叶い且つ弁護人にもまことに幸いであつたと思います。斯ることは狭義の裁判ではなく、むしろ司法事務的なものに属するのでありますからお取扱いに裁量の余地があることと考えます。

三、当弁護人は、本件控訴趣意書に加えて御部係員の指示通り右書面差出最終日より七日以内である本年十月二十六日に補充書を差出したのでありますが、この補充書が出たときに正式に控訴趣意書が整つた形になり、差出最終日を経過しているがこの日に新なる欠点のない控訴趣意書が差出されたと同様に考えられると思います。そこで、刑事訴訟規則第二百三十八条によれば差出期間経過後に控訴趣意書を受け取つた場合においても、その遅延が止むを得ない事情に基くものと認めるときは、これを期間内に差し出されたものとして審判することができる定めでありますから、この趣旨に準じて本件をお取扱い下さる余地があると考えます。刑事法の解釈適用は全べて刑事被告人の利益になる方向になさるべきは従来の鉄則であります。従つて、本件においても真に被告人の利益に右規定の解釈適用を考え、且つ、前記第一、第二項の事情を考慮するときは、「控訴棄却の決定」は御取消し願えることと考えます。

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